◾️平成28年7月 愛媛大会で産業ソーシャルワークについて発表しました。
企業ソーシャルワークによる雇用継続への貢献 〜働く人の就労継続と人権尊重のために〜
・野垣美由紀(株式会社インクルージョンオフィス皆月みゆき)東京社会福祉士会51292
・前廣美保(武蔵野大学通信教育部講師)東京社会福祉士会30348
Ⅰ.研究目的
出産や子育てにより離職をする女性が6 割に達し✴1、その4 割が離職を後悔している✴2。
また、働き盛りの介護離職も社会問題となっている。一度定職から離れると再雇用は厳しく、生活困窮に陥るケースも多い。生活課題があっても就業継続を可能とするためには、的確な相談体制の提供が有効ではないかと考え、現在、従業員個々の生活課題の相談を受ける外部相談サービスを社会福祉士が担う「企業ソーシャルワーク」事業を企図している。本研究は、実際に企業の雇用者への相談を実施し、その有効性を検証したものである。
Ⅱ.研究方法
従業員支援を事例研究方法により分析し、以下①〜④の順で有効性の検証を行った。
①海外及び日本での従業員相談支援の先行事例調査。
②ソーシャルワーカーによる相談体制を確立し、企業A 社と連携。A 社が調査会社を通じ、都内の大手企業に勤務する25〜35 歳の女性22 名をランダムに抽出。
③「出産・育児」「仕事・キャリア」「健康・医療」「法律・トラブル」のテーマ別に、17 名のソーシャルワーカーが面談及びメール相談を担当。実施期間は2015 年7 月〜9 月。
④面談およびメール相談で収集した相談事例を分析し、相談者への満足度調査も行うことで、企業でのソーシャルワークの必要性を検証し、そのサービスの仕組みも合わせて考察する。
Ⅲ.倫理的配慮
相談によって得たすべての情報は、公益社団法人日本社会福祉士会の事例を扱う際のガイドラインに基づき、分析の焦点が損なわれない範囲において特定の事例として判別できないよう修正及改変を行った。データには個人名を掲載せずID で管理し、PC での情報交換時にはPW 管理を実施。関係企業、個人とは情報保護指針を説明の上、契約書を取り交わした。
Ⅳ.結果
①出産・妊娠に関しては「保育園探し」「不妊治療」「子供の偏食」「「育休の取得」「子育ての負担増」「ママ友との関係」などであった。
②仕事、キャリアでは「在宅ワーク」「子育てとキャリア形成」「職場の過重労働」「「異動によ る心的負荷」「パワハラ」「マタハラ」など、社内では言えないことを聞いてほしいという要望 が多かった。結婚したばかりの従業員が「まさか、君は妊娠なんかしないよね」と上司から毎日のように言われるという相談もあった。
③健康・医療では、「うつ病からの職場復帰」「自立支援医療費制度」「労災」「親の介護」「慢性頭痛」「夫の病気と対処法」「子供の夜尿症」「医療保険」など、自分だけでなく家族の健康に関する相談も目立った。
④法律・トラブルでは「隣家との揉め事」「離婚と親権」「土地の相続」「ブラック企業への対処」「夫の転勤」と様々なトラブルを抱えており、弁護士との連携強化が必要となった。
⑤テーマを外したフリー期間では「兄弟の障害と就労」「アルコール依存」「夫の借金」「虐待」「子供を作る不安」「自己研鑽のための留学」「怒鳴る夫との関係」など様々であった。子供育てる不安への相談では、何度かのやり取りで「長年、実母から虐待を受けて育ち、自分が子供を愛するイメージが湧かない」という真相を開示した事例もあった。
Ⅴ.考察と結論
①本研究は、共働きで大企業に勤める大卒の女性が対象であり、一見、恵まれたように見える対象者たちであったが、就業継続を困難とする課題が山積していることが判明した。
②相談内容は、メンタルヘルスに限らず仕事からプライベートまで多岐にわたり、それらが 様々に重複しており、アセスメントによる課題の整理と優先順位付けの必要性があった。
③親にも友人にも同僚にも相談できず、相談先がないという発言が多かった。 従業員のこうした相談の支援をすることは、ストレスを軽減し、働く意欲を高め、離職回避に貢献できる。また、従業員からの相談は、心の問題だけでなく、家族、法律、労働とその範囲は広く、社会資源と繋げていくことも必要となる。米国では、離婚、介護、依存などによる労働力低下予防を目的にしたアウトソーシング型の従業員相談支援をEAP ( Employee Assistance Program)と呼び、大手企業の9 割以上が契約。主としてソーシャルワーカーが担っている。日本では、1990 年後半から労災への支出軽減を図るために、心の相談に特化したEAPだけが入っているが、そこには社会福祉士は活用されていない。日本における企業の労働相談関係は、産業医や心理士によるメンタルヘルス相談がほとんどを占めている状況にある。 今後は、メンタルヘルスだけでなく、あらゆる課題の相談ができる「ワークライフ型EAP」 (下図参照)が有効と考えた。そこで、社会福祉士が相談窓口となり、弁護士、医師、看護師、労務士などと専門職連携をしていくサービス体制を構築し、この活動を行うソーシャルワークを「企業ソーシャルワーク」と定義した。さらに現在、日本ではまだ浸透していない企業ソーシャルワークによるワークライフ型EAP を普及させていくために、大手企業の人事担当役員へのプレゼンテーションを積極的に行っている。また、企業の管理職向けの講演活動や雑誌掲載のための取材対応などプロモーション活動も実施している。今後も、働く人々の雇用継続と人権尊重に寄与するため積極的な普及活動を推進していく考えである。
参考文献:全米国際EAP 協会HP/全米労働省HP レポート「Employee Assistance Program for New Generation of Employees」/日本EAP 協会HP ✴1 平成25 年度版男女共同参画白書(内閣府) ✴2 平成27 年「仕事と育児の両立に関する実態調査」(リクルート)